平成27年に当社の設計施工により、クライアントの住宅を障がい者の短期入所施設に用途変更し、改装した『おかえり みずほの家』の隣地に建築したの障がい者のためのグループホームです。敷地は篠山城跡の北側に位置し、城下町の要素を全体としてよく残し、その歴史的風致を今日に伝えている地域であり、その奥まった住宅密集地にこの建物は建てられています。このような場所に、地域共生型の障害福祉事業所が実現されていくことは社会的な意味が大きく、地域社会の振興に寄与するプロジェクトになっています。障がい者が街に慣れ、街が障がい者に慣れていく。街が優しくなると、心の段差がなくなり、生き生きとした福祉社会が実現していく。そうした障がいのある人と地域のつながりづくりに尽力されてきたクライアントの想いがかたちになり、施設的ではない家庭的で温かみのある空間が実現されています。
建物名称 | N-PROJECT(ななつ星) |
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発注者 | 株式会社みずほ(http://www.mizuho-home.com) |
所在地 | 兵庫県篠山市北新町 |
用途 | 寄宿舎(障がい者グループホーム) |
工事種別 | 増築 |
規模構造 | 木造/2階建 |
敷地面積 | 245.77㎡ |
延床面積 | 210.05㎡ |
竣工年 | 2017年11月 |
担当 |
Director 藤田瑞夫 Designer 澤田伸一 Estimater 杉山栄一 Site manager 荻野秀明・杉本拓哉 |
「いぬいふくし村 紙ふうせん」
「いぬいふくし村 交流ハウス・作業棟」 施⼯:吉住⼯務店
「みずほの家」 改修設計施⼯:吉住⼯務店
クライアントは、生後まもなく重度障がい者となった長女の成長を見守る中、「障がいが重くても社会と通じる場所がほしい」と考えられ、地域の人達や同じ思いの保護者の協力を募り、医療ケアの受けられる作業所「紙ふうせん」をつくられた。その後、NPO法人「いぬいふくし村」を設立。設立当時は5人だった利用者が、今では40人以上となり、障がい者の一人一人が活き活きと生活し、仕事に従事している。当初は赤字続きであったが、利用者、職員の頑張りに加え、地域住人の協力のおかげで、利用者の賃金は兵庫県2位となり、障がい者の地域での暮らしに弾みがつき始めている。カフェや物販店舗など障がい者の働く場所を拡張していく中で、いぬいふくし村にあるコミュニティカフェでは、コンサートや地域の方が集った歌声喫茶も開かれたり、聾唖の人が講師となり、交流ハウスで地域の人に手話を教えたりと、障がい者と地域住人の間に様々なつながりが生まれている。
長女が亡くなられた後、障がい者の地域での暮らしを支えていくためには、ショートステイやグループホーム等の夜間施設の充実も大切と考えられ、自宅を改装し、障がい者短期入所施設「みずほの家」を開設。ここでは、利用者が社会性を身につけたり、友だちを見つけてもらう一方、介護をされて いるご家族の方にリフレッシュしていただきたいという思いで3年間運営されてきた。利用者が16市町250名を超え、反響が広がっていく中で、社会的な隔離施設ではなく、地域社会の中で日常生活を送れる場所が切に求められていた。
内閣府が行った意識調査。 障害のある人はない人と同じような生活を送っているか、という問いかけに対して、日本では「そう思わない」(46.5%)と回答した者が5割近くで、「あまりそう思わない」(28.4%)を合わせると4人に3人は、同じような生活を送っているとは『思わない』と答えている。一方、ドイツでは「そう思う」(12.9%)と答えた者が1割強で、「ややそう思う」(69.0%)という者と合わせると、同じような生活を送っていると『思う』者が8割強である。上記のことは、グループホーム「ななつ星」の計画中に、クライアントがハイデルベルク(ドイツ)の障がい者施設を訪問された際に教えていただいたことである。施設を視察された感想として、ドイツでは第二次世界大戦中のナチスによる障がい者虐殺という負の遺産を猛省し、障害のある人もない人も障害の有無によって分け隔てられることなく、共生社会の実現に向けて国民ひとりひとりが歩んでいるように肌で感じられたそうである。
日本では「バリアフリー」という側面では、あらゆる施設での段差解消、車いす利用者用のトイレの設置や、点字ブロックの設置等の整備基準が設けられ、行政主導による整備が進んでいるものの、「ノーマライゼーション」という概念(障がい者や高齢者も健常者と同様の生活ができる社会のあり方)は、一般的にまだまだ浸透していないのが実情である。「バリアフリー」は、「ノーマライゼーション」の概念の一部分でしかない。地域に住むひとりひとりが等しく豊かに暮らせる社会の実現に向けて、クライアントの熱い想いを真に理解することから計画は始まった。
「兵庫・篠⼭とっておきの⾳楽祭」
篠山市は2014年に全国9番目で「手話言語条例」を制定。聴覚障がい者の方も同じ人間として尊重しあい、手話を当たり前の言語として認めるという条例である。そして、条例制定を契機に、手話を広げ、皆で手をつないでいこうという目的を持った音楽祭が開催された。
その企画参画にあたったのは、クライアントが主催する障がい者の音楽・アート活動を支援するボランティア団体である。この音楽祭が前身となり、2015年より毎年「みんなちがってみんないい」を合言葉に障害のある人もない人も一緒に音楽を楽しむ「兵庫・篠山とっておきの音楽祭」を企画参画されている。また、周囲を約2200人(その内約400人が障がい者)の参加者で手をつなぎ、大きな輪を作り上げるイベント「お城ドーナツ」では、地域のみんなが心を一つにして東北復興に祈りを捧げるなど、様々な角度から地域住人と障がい者がれ合う場を提供。行政からのトップダウンではなく、クライアント自ら障がい者と地域のつながりづくりに尽力されている。
「みずほの家」 ある⽇の⼣⾷。みんなで楽しく賑やかに
2015年にクライアントの自宅を障がい者短期入所施設に用途変更するという計画に携わらせていただいた。
住宅を障がい者の短期入所施設やグループホームに用途変更する際に、法適合させることは容易なことではない。独自の緩和規定を設けている福島県や鳥取県、愛知県等の一部の地域を除いては、用途変更が容易ではないことが、こうした施設が全国的に増えていかない大きな要因となっている。また、住宅密集地の中に知的障がい者の施設をつくることは、近隣住民との関係において困難を極める。2013年に障害者差別解消法が制定されたが、法を楯に無理に施設建設を進めたとしても、入居後に近隣住民との間に友好な関係が得られず、入居者にとって決して心地よい住環境とはならないため、施設建設を断念する場合がほとんどで、住宅地に中に本当の意味での地域共生型の障がい福祉事業所が実現されることは少ない。
「みずほの家」において、法規制への対応は、困難を極めながらもクリアできたが、この地域の「心のバリアフリー」が計画を実現させてくれた。クライアントは、施設を「おかえり みずほの家」とネーミングされた。「利用していただくみなさんを『家族だ』と思っています。一軒家のホーム。だから、『おかえり』なんです」といわれ、施設の利用者は、笑顔で満ちあふれている。
グループホームの計画においても、「みずほの家」と同様に施設的ではない家庭的な雰囲気づくりが求められた。
丹波篠山は、兵庫県の東部、篠山盆地の中央に位置する城下町である。古くから京都と山陰を結ぶ交通の要衝として栄え、また江戸時代には、徳川家康の命により篠山城が築かれ、以後は篠山藩5万石の城下町として発展してきた。現在も、街の中心には広大な敷地の篠山城跡が横たわり、その周辺には武家町や商家町の町割りが残っている。計画地周囲にも風情ある古民家が点在している。このエリアは、篠山市景観条例により、歴史地区(城下町地区)に指定されており、形態、仕上、色などの規制があり、景観への配慮が求められている地域である。
グループホーム「ななつ星」の計画地は、「みずほの家」の西側に接し、間口が狭く、奥行きの長い狭小地となっている。計画面積の確保から、敷地いっぱいに建てる計画になる中で、前面道路からできるだけセットバックさせる配置とし、近隣に対しての圧迫感を抑えている。また南側は、古民家を改装したカフェの庭に面しているため、境界にはフェンス等は設けず、垣根等は既存のままを残し、隣地の庭を借景として取り入れるよう計画した。
「ななつ星」は既存の小屋部分の増築というかたちがとられ、住宅密集地の中で、住宅のスケールを保ったグループホームとして計画している。
元々住宅であった「みずほの家」に対し、「ななつ星」も施設的ではない、身近な建築であることを図っている。軒を低くし、景観条例で規定される2方向の勾配屋根を長手方向にかけ、ケラバの出もなくし、住宅密集地の中でできるだけ圧迫感をなくすことを意図した。ファサードは、西日の遮蔽と近隣配慮、プライバシー確保のため閉鎖的な外観となっているが、2階のインナーテラスを介して、街とゆるやかにつながることを意識した。
外壁は、城下町の民家の漆喰壁を意識したモルタル厚塗りの左官仕上である。白い形態と陰影のみでデザインし、シンプルな表現を心掛けた。住宅密集地の間口が狭い計画地において、埋没することなく、凛とした佇まいを与えることを意図した。
障がい者であろうとも住空間としての居心地の良さを提供することを第一としている。2階のグループホーム5室と1階の車いす対応の空床型短期入所室1室からなり、この部屋はスタッフ控室が併設されており、将来2階の入居者が車いす生活になった時や、病気になった時にもケアできるように配慮されている。各スペースは法基準や指定基準より大きく確保した。1階のLDKは、ソファやピアノの置かれたゆったりくつろげるスペース。東南角の開口からは隣地の古民家の庭が借景として眺められる。玄関と1,2階の廊下は幅を広めに確保し、入居者や短期入所施設の利用者らの作品の展示を中心としたギャラリースペースとなっている。
2階のグループホームは、計画段階で入居者が決まっていた部屋もあり、入居者のリクエストに応えたつくりとしている。本来寄宿舎(グループホーム)には、各住戸間の界壁には遮音性等の法的規制はないが遮音性を考慮した構造としている。インナーテラスは、西日の遮蔽を考慮した深い軒の出のある半屋外空間。多目的に利用される憩いのスペースとなっている。
6号室とスタッフ控え室を⾒る
LDKを⾒る
インナーテラスと5号室を⾒る
内閣府が発表している「障害者白書」には、障がい者が社会生活を送る上で、1.物理的障壁、2.制度的障壁、3.文化・情報面での障壁、4.意識上の障壁という、4つの障壁があるとして、これらを除去していかなければならないとの記載がある。行政主導のまちの整備だけではなく、人の心を変えていかなければならない。意識上の障壁=心の壁がなくなれば、すべての障壁ががなくなる可能性は高い。意識上の障壁のない環境を自ら生み出してきた家族(クライアント)と、それを支え続けてきた地域住民により、篠山市北新町のエリアには、心のバリアフリーが得られた豊かなまちが築き上げられている。
「ななつ星」というネーミングには、6室の入居者と天国にいるクライアントの長女瑞穂さんの7人が、地域の中で、心豊かにいつまでも光輝く星であって欲しいという願いが込められている。「ななつ星」の開所に合わせて、クライアントの長男も施設の運営に加わられた。24年間重度の障がい者であった瑞穂さんを育てられたクライアント夫妻への信頼は絶大であるが、お二人の想いは一代で終わることなく、その子息へと受け継がれ、さらに地域に浸透し、心豊かなまちとなっていくであろう。そうした現実の中で、このまちは「ノーマライゼーション」が実現された稀有な例といえるのではないかと感じている。建物が完成し、設計者としてクライアントの熱い想いに100%応えられたかどうかは、定かではないが、献家式(オープニングセレモニー)で、入居者の方やそのご家族、スタッフや地域のボランティアの方々、そしてクライアントのご家族の笑顔や涙に触れた時、この計画に携わらせていただいたことに心から喜びを感じるとともに、感謝の想いでいっぱいになった。これからもたくさんの人に愛され続ける建物であってほしいと願うばかりである。
⼊居者の皆様とそのご家族、スタッフ、関係者、地域のボランティアの⽅々
献家式にて 2017.12.16
献家式にて 2017.12.16