丹波市にある老舗割烹料理店の改装。施主は、ポストコロナ・ウィズコロナ時代の経済社会の変化に対応するため、日本料理から焼き肉へと思い切った業態を変えての事業改革を志向されていました。それにふさわしい空間となるよう、創業83年の歴史の継承を意識し、『新』と『旧』、『伝統』と『モダン』の融合を志向。焼き肉を割烹スタイルで提供できる店として、焼き肉店を感じさせない空間づくりを意図しました。
「上質な素材を厳選し、リーズナブルに食べてもらえるようにしたい」という施主の思いがカタチとなり、高級感ではなく上質感が感じられる空間が実現されています。
建物名称 | K-PROJECT |
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発注者 | 株式会社喜作 |
所在地 | 兵庫県丹波市柏原町-1他 |
用途 | 店舗(飲食店) |
工事種別 | 改修 |
延べ面積 | 1770.82m² |
改修部分の面積 | 277.63m² |
竣工年 | 2022年 |
担当 | Director 藤田瑞夫 |
Designer 澤田伸一 | |
Estimator 山根秀雄 | |
Site manager 安達和巳、細見博明 |
長引く新型コロナウイルスの影響で、飲食店の状況は厳しさを増しています。ファストフード等を除くすべての業態で、コロナ以前の売り上げを下回り続けている中で、助成金の支払いが遅れているという実情もあり、廃業に踏み切る店舗の数は増え続けている状況がありました。度重なる、まん延防止措置や緊急事態宣言の発令などで厳しい情勢が続く中、酒類の提供が終日禁止されたことで客単価の減少なども見られ、飲食業界全体で厳しさが増す中、新業態の開発や、新領域への参入などが活発化し、新たな事業展開を進める企業が増えてきています。
割烹喜作は、昭和14年に創業された丹波市の代表的な老舗日本料理店です。駅前の小料理屋から始まり、料理旅館、最大100人を収容する大宴会場を備えるビルヘの増築と、時代に合わせ店の形を変えてこられました。しかしながら、2018年頃からこれからの飲食店の在り方を考えられ、「宴会で使われる店」以外の要素を持った店の将来像を描かれている最中に、コロナ禍に見舞われました。テークアウトが少しあるものの、他の飲食店と同様に厳しい状況が続いたため、以前から温められていた新部門の立ち上げを実行する時と決心されました。そうした店の改革への熱い思いをお聞かせいただき、計画がスタートしました。
日本料理から焼き肉への新たな業態への参入となる中で、施主と共に、阪神間等で成功している店舗の視察をしながらイメージを共有化していくことから計画をスタートしようとしましたが、度重なる、まん延防止措置や緊急事態宣言の発令により、結局計画にあたっての他店の視察は、一度も行うことはできませんでした。また、新型の変異ウイルスの感染者の増加により、まん延防止措置や緊急事態宣言の延長等もあり、先行きが見えなくなっていく中で、当初のリニューアルオープンの時期が早まったり、予算削減による計画の変更など、途中から急ピッチで計画が進んでいきました。他店の視察を行えなかったことは、他から影響を受けることなく、自分たちの目指すべきことをより深く純粋に見つめ直す時間を多く得ることになりました。計画のベースとなったのは、コロナ禍以前に計画させていただいた1階部分のリニューアル計画でした。1階部分を3つのゾーンに分け、飲食エリアの拡張と、オペレーションの改善のご提案でしたが、当時は焼き肉という業態の転換等は全くありませんでした。年月を経て、当時の計画をベースにしたいとご連絡をいただいた時は、諸事情から一旦中止となった計画でしたが、当時のご提案した内容が、意味があるものであったことが、嬉しく思えました。
施主が、事業転換に対して選ばれたのが、「和の焼肉」。7年前に、取引先から大型設備を譲り受けられ、大きな肉の塊を自社で精肉されるようになり、割烹コースの中に盛り込んだ肉メニューが好評で、手応えを感じてられていたことと、無煙ロースターで、換気が優れている点も、ウィズコロナ時代に適合できると判断されたためでした。
改装の資金を確保するために、令和2年度の経済産業省の「中小企業等事業再構築促進事業」に応募されることとなり、早急な事業計画の作成が必要ということで、計画案と見積書の作成の依頼を受け、急ピッチで対応させていただきました。中小企業等事業再構築促進事業は、新型コロナウイルス感染症により売り上げが低迷し、ポストコロナ・ウィズコロナ時代の社会の変化に対応すべく新分野展開や事業転換に挑戦する企業をサポートするために創設された補助金事業です。
株式会社喜作様の取り組みは、質の高い事業計画であり、効果の高いビジネスモデルを有していること等が評価され、採択されました。申請にあたり、弊社ではその一部をお手伝いさせていただいたに過ぎませんが、初期の計画段階から具体的なイメージができる詳細なイメージパース等もご提示させていただきました。
『焼き肉』と『和食』の融合。焼き肉という食に日本料理に潜む美意識や奥行きを取り込み、焼き肉を肉料理として昇華させる。『新』と『旧』の融合。喜作の歴史の継承として、伝統的な和の要素を重んじながら、モダンな要素を取り入れていく。焼き肉店を感じさせない空間づくり。
「団体で使う店」から「個人や家族で気軽に立ち寄れる店」へ。お客様目線で満足の高いサービスを提供し、割烹料理店の敷居が高いイメージを変えていく。
1階東側の待合ホール、事務所部分を飲食部分として拡張し、個室群とサービスパントリーに大きく改修するものの、1階西側の飲食部分と、エントランス、トイレ等の大きさは変更しない最小限の改修としました。
東側のエリアは、6~8人対応の趣の異なる個室とし、一部は間仕切りを変更することで12人対応できるスペースが得られます。西側のエリアは、カウンター6席と、暖簾で区分けされた個室で、暖簾を取り外せば、16人対応で貸し切れるワンルームとして使用できる構成としています。カウンター背面の花台の凹部は、旧店舗の厨房への出入り口部分を利用して設けました。カウンター席および各個室は、座席間隔も広く確保しており、他店にはないゆったり感のあるスペースとなっています。このゆとりが心地良さをもたらしてくれます。
焼き肉店の場合、新築の場合は特に問題ありませんが、改装の際に問題になるのは、ロースターやダクトの存在です。この計画では、下引きのロースターとしていますが、階高が低く床を上げられない中で、外壁側の周囲に連続したダクトスペースを設け、ダクトの存在が意識されることなく、最適な座席数が得られるようプランニングしています。
1階は、『和の焼肉 喜作』とへと全面改修するものの、2, 3階は、これまで通り『個室割烹 喜作』として、営業されるため、2, 3階部分へのアプローチとなるエントランス、ホール、階段付近において、2,3階の雰囲気とかけ離れず違和感のないものにすることと、1階の全面改修にあたっての店のコンセプトを明確に伝える意匠を模索しました。また、これまでの割烹料理店という敷居の高いイメージを変えていきたいという思いを受け、高級感ではなく、上質感の演出を心掛けました。大きな無垢材等の高級な素材を用いて空間を構成するのではなく、吟味した素材で趣を与えることを意図しました。内装仕上げは、日本的なる伝統を意識して、ポイント的に木や、左官仕上げとしていますが、店舗の大部分は、クロス、塩ビタイル、メラミン・ポリ合板という一般的な内装材で構成しています。その中でも、わびさびを意識した土壁や金属の質感のある素材を使用し、土は光を吸収し、金属は鈍く光を反射するといった効果を狙って、趣と美のある和モダンの空間になっています。
長引く新型コロナウイルスの影響で、飲食店の状況の厳しさは深刻なものがあります。コロナ禍の中で店の改革を決意され、計画にかける熱い思いをお聞かせいただいた時、果たしてこの思いにどこまで応えることができるのかという大きなプレッシャーを感じたことが思い出されます。また、当初よりリニューアルオープンの予定が早まり、設計や工事の期間が短くなる中で、半導体問題による衛生器具や照明器具等の全国的な物品の供給不足があり、納期未定のまま工事が進む中で予定通りオープンまでにお引渡しができるか、工事担当者共々安心できない日々が続きましたが、何とか無事にお引渡しができ、安堵しました。
改装工事が完成し、グランドオープン翌日にまん延防止措置が解除になり、営業が再開されましたが、喜作様が笑顔で接客されている姿を見て、このプロジェクトに関わり合えたことの充実感を覚えました。お馴染みのお客様からも好評を得ているというお言葉を頂戴し、どこまで熱い思いのご期待に応えることができたかは定かではありませんが、大きなプレッシャーから解放された気がしました。
これからも多くのお客様に愛され、創業83年の老舗企業としての伝統と、革新と継承の下で、ますます発展していかれることを願っています。
㈱吉住工務店 設計室長 澤田伸一
リニューアルの全容がご覧いただけます。
『和の焼⾁ 喜作』竣⼯(1分20秒)