兵庫県丹波市の郊外に位置する建物で、木造平屋建ての企業の研修寮・社員寮です。この建物は、のどかな田園風景が広がり、周囲に建物がほとんどない場所に建っています。こうした場所に、唐突に新築の建物が立ち現れると、どうしても周辺環境に対して違和感を与えてしまいます。公共的な建物であれ、個人の住宅であれ、建物は建ち現れた時、ある種の公共性を持ちます。ここでは、環境に寄り添う建物として、周囲の里山の山並みを意識し、高さを抑えつつ、山型の形態をした平屋建ての建物としました。周囲の山並みとフラクタルな形態は、周囲の環境に違和感なく溶け込み、建物周囲を積極的に緑化することで、近景と遠景の同化をはかりました。周囲との調和をはかりながら、建物に凛とした佇まいを与えることを意識しました。
建物名称 | G-PROJECT |
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事業者 | 株式会社技研製作所 |
所在地 | 兵庫県丹波市市島町 |
用途 | 研修寮 |
工事種別 | 新築 |
規模構造 | 木造/平屋建 |
敷地面積 | 2303.02m² |
延床面積 | 572.18m² |
竣工年 | 2020年 |
担当 | Director 藤田瑞夫 |
Designer 澤田伸一 | |
Estimator 杉山栄一 | |
Site manager 細見博明、小谷敢太 |
最初にこの敷地を拝見した際に感じたことは、日本の原風景ともいえるようなロケーションを建物内に積極的に取り入れ、周辺環境に溶け込む建物にしたいということでした。360度低い里山の山並みがうかがえ、北側には民家の集落があるものの、南側には建物がなく農地が広がり、東側周囲には江戸時代から伝わる造り酒屋の由緒ある建物が近接し、西側の道路沿いのみ農地転用された中に比較的新しい建物が点在する。昔からほとんど様相が変わらない場所。南側一帯の農地は道路から離れているため農地転用されることはなく、今後開発されることはないであろう。のどかな田園風景の中、そうした場所に唐突に新築の建物が立ち現れると、どうしても周辺環境に対して違和感を与えてしまいます。環境に寄り添う建物として、周囲の里山の山並みを意識し、高さを抑えつつ、緩勾配の山型の形態をした「平屋建て」の建物を提案したいと考えました。
今回のプロジェクトは、2社による設計コンペによって始まりました。企業様の場合は、関わりのある⼤⼿の建築会社やハウスメーカー等に継続して依頼される場合が多く、当社のような新規の会社が⼤きな仕事を受注させていただくことは稀ですが、2018年に⼯場内に事務所建物を建てさせていただいたのを機に、この⼤きなプロジェクトにもお声掛けいただきました。
建築主の株式会社技研製作所様は、世界で初めて振動・騒音のない画期的な杭圧入機を開発したスーパーテクノロジー企業で、「圧⼊」をベースとした無公害建設⼯事を世界40カ国以上で推進、普及するリーディングカンパニーです。「インプラント工法」は東日本大震災後にさらに注目され、近年の震災、豪雨被災地の復旧工事や地震津波対策、幅広いインフラ事業に採用されるなど技術革新で社会に貢献されています。数ある工場の一つである関西工場を兵庫県丹波市に置かれており、これまでも社内研修等が継続的に行われてきましたが、近隣に宿泊施設がなく、少し離れた京都府福知山市のビジネスホテル等を研修の際の社員の生活の場とされていました。研修後にビジネスホテルで寝るだけの分断された生活ではなく、主として2~3か月の交替で継続的に行われる新入社員研修や海外からの研修のための宿舎、出張者の生活の場、それぞれの生活の快適性が求められていました。
この計画のお話をいただいたのは、2018年5⽉で、建物竣⼯が2020年4⽉末となり、約2年間に渡るプロジェクトとなりました。この間に建設業界では2つの⼤きな社会的な難題がありました。1つは2018年から2019年にかけて影響があった鋼材の⾼騰、納期の⻑期化の問題です。建物の鉄⾻部材をつなぐハイテンションボルトの不⾜で、東京五輪関連や都市再開発の建設が進む⼀⽅で、⺟材となる鋼線材が品薄となり、⽣産が需要に追いつかず、取引価格も急騰し、ボルトの不⾜が建設需要に⽔を差す状況が続いていました。この社員寮の計画においては、コストメリット、事業性のメリット等から当社では最初から構造体を⽊造とする提案としていましたが、鉄⾻造を選択した場合の鋼材の納期の⻑期化による事業⼯程の遅れを避けるため、⾃ずと建物の⽊造化を志向する⽅向へとなっていきました。
また2つ⽬としては、2020年2⽉ごろから⽇本全⼟においても未曽有の社会的影響をもたらし、6⽉現在においても沈静化には⾄っていない新型コロナウイルス感染症の蔓延による問題がありました。この建設⼯事が佳境に⼊る3⽉末頃から時を合わせるように感染拡⼤が広がり、4⽉に緊急事態宣⾔が発令されました。そのような中でしたが、お施主様には打合せはもとより、メール等にて仕様決定、申請書類のやり取り等を迅速にご対応いただき、ほとんど⼯程を遅延させることなく⼯事を進めることができました。キッチン流し台やIHコンロ、UB、便器等の住設関係は、建物が12⼾からなる共同住宅で数があることもあり、⼀部でも納期の遅れがあれば、お引渡しが間に合わないところでしたが、全国的に納期遅れがある中で、様々な決定を早くいただき、発注を早めにできたことで予定通りにお引渡しをすることができました。また現場での感染症対策として、マスク着⽤、消毒や⼿洗いなどを徹底するなど、作業員の健康管理に留意。作業員の感染と濃厚接触が判明した場合の連絡体制を構築して、該当者への適切な措置を取ること。感染リスクの⾼い「3密」の回避とその影響を緩和する等の対策を早期に実施し、⼤阪や京都からの協⼒業者の現場への出⼊りも多数ある中で、全員の感染・蔓延防⽌の意識の向上により、無事故無感染で⼯事を終えることができたのは幸いでした。
相部屋⽅式ではなく個室⽅式の研修寮・社員寮で、研修後等の宿舎ではプライベートな時間が保てる快適性が求められ、⼀⼈⼀⼈の⽣活を尊重し、キッチンやトイレ、洗⾯所は各住⼾内に独⽴して設けていますが、建物全体を⼊居者が共有する⽣活の中でコミュニケーション能⼒を⾼め、チームワークの形成を図ります。
平⾯計画としては、建物に2本の軸線を意識させるシンプルな構成としています。南北の軸線は、南側のロケーション、北側の近隣住戸と建物の連続性をもたせることを意図しており、エントランスから、共有のリビングを介して、ウッドデッキ、さらにその先の⽥園⾵景へとつながる視界の抜けを明快に感知することができます。外部に突き出すように延⻑させた住⼾間の界壁や、南北に向かって折れ下がる勾配天井によりパースペクティブな効果が得られ、⽅向性をより強調させています。また、南北の軸線に直⾏する東⻄の軸線は、各個室への中廊下となっていますが、共有リビングを挟んで東⻄の個室を8室+4室のユニットに分け、軸線を直線的に通すのではなくクランクさせることで、シンプルな空間構成の中わずかなプランニングの操作で空間に変化を与えています。
ワンルーム住戸を中廊下で繋いだシンプル構成ですが、視界が抜ける南北の通った軸線と、東西のずれた軸線の中央にコモンスペースを配置。ここは外からも垣間見えるオープンスペースで近隣住人とのふれあいの場としても利用されます。アプローチからのアイレベルでは、水平ラインにより強調された建物の低さが意識されますが、建物内に入ると屋根形状が表出した奥行き感のある空間が現れます。外部へと連続したウッドデッキにより、広がりがある⼼地よい空間になっており、平屋建ての天井の形状から「ひとつ屋根の下」で共に過ごす自然な一体感をつくりたいと考えました。
同じ会社の中で同じ住まいで⽣活を共にする⼈たち、新入社員の研修や、国内外から研修のためにここで2〜3ヶ⽉の⼀定期間暮らす。会社内でのさまざまな部署や⽴場の違いを横断しつつ交流が⽣まれ、ひとつの新たな連帯意識が芽⽣える場として機能します。また来訪者との交流、災害時の地域防災の拠点など多⽬的に使⽤される空間となることを意図して計画しています。
住⼈にとって上下階の⽣活⾳が聞こえることは⼼地よいものではありません。平屋だとその⼼配はなく、隣との界壁のみ、遮⾳性を配慮すれば済みます。
平屋は同じフロア内にすべての⽣活スペースが収まることになります。そのため、顔をあわせる機会が多くなり、コミュニケーションが取りやすくなるのが最⼤のメリットです。
クラスターリビング、外部デッキ、庭と⽔平⽅向に床⾯が連続していくことで、空間に広がりが得られます。内外⼀体となった空間では、セミナーや外部社員との交流など多⽬的に空間が利⽤できます。
各住⼾は2.4m程度の⼀般的な居室の天井⾼さとしていますが、共有リビングは天井⾼さを⼤きく確保。屋根勾配なりの緩やかな勾配天井として、不燃⽊材を張った⽊質感のある豊かな癒しの空間を構築しています。
その分のスペースを有効に活⽤でき、同じ床⾯積で広々とした空間が確保できます。例えば階段が2.0M×4.0Mのスペースを必要とすると上下階分で16㎡(9.6帖)分のスペースが⽣活スペースとして有効活⽤できます。
2階建てに⽐べて⾯積当たりの建物の⾃重が軽い分、構造的に有利です。地盤が悪い場合、基礎への負担はかなり軽減でき、地盤改良等が不要になる場合もあります。.0M×4.0Mのスペースを必要とすると上下階分で16㎡(9.6帖)分のスペースが⽣活スペースとして有効活⽤できます。
コンパクトな平屋なら共⽤部の掃除等も2階建てほど⼤変ではありません。また業者によるメンテナンスの場合、2階建てだと⾜場を組む必要がありそのぶん費⽤がかさみます。
周囲の⾥⼭の稜線とフラクタルな⼭型の形態をした建物になっています。
外壁はモルタル塗りの左官仕上げで、天然⽯と無機質系顔料が主成分の為⾊褪せや⾊落ちがなく⾃然な⾵合いのある仕上げとなっています。硬化材が無機質系材料のため耐久性が⾼く、⼀般的な外壁塗料の様に10年周期の塗り替えの必要がなく洗浄程度で済むため、メンテナンスの負担を軽減することができます。
屋根はガルバリウム鋼板で、遮熱効果の⾼い⽩⾊としており、けらばの出をなくし、軒の⾼さを抑えて、全体としてマッシブな⽩いフォルムが際⽴つ外観となっています。⻄側と東側の住⼾ユニットの軸線のずれがそのままデザインとなっており、南北に⾯する各住⼾のバルコニーはスラブをキャンチレバーで浮かすことにより地盤と縁を切り、水平ラインを強調させると共に、建物に軽快感を与えています。
バルコニー⼿摺は、スチールフラットバーを⽤いたオリジナルのデザインで遮蔽性と通⾵性を両⽴させ、水平方向を意識したデザインとしています。
床のフローリングは、耐久性、耐水性に優れたオーク材を採用。乱尺張ではなく幅広の長尺材を使用しており、空間に重厚感や高級感を与えています。
天井は共用リビングのみ勾配天井とし、流れるような木目が美しいタモ材を使用。法的に内装制限がかかることから不燃仕様の木材を使用し、できるだけ建物を木質化することで人と地球環境にやさしい空間を構築しています。
各個室には、研修期間での生活に必要な家具、家電が備えられており、机、ベッドは造り付けで、ベッドはセミダブルロングのサイズで、海外等からの大柄な体型の宿泊者に対してもアメニティを損ねることはありません。
開口部はアルミサッシの規格品ではあるものの、天井いっぱいの高さに配置し、ガラス面を大きく確保。明るく開放的で、窓の外に広がるのどかな田園風景は心を癒してくれます。また見えない部分にも快適性を配慮。住戸間の遮音性に対しては、間柱を千鳥に配置して空隙を設けることで伝達音を緩和し、石膏ボードを重ね貼りした上に、さらにふかし壁を設け、コンセント・スイッチ類等はふかし壁内のみに設け、界壁に穴や切り欠きを一切開けないようにして、住戸間の音を遮断。標準的なワンルーム住戸の構成であるものの、通常のワンルームマンション住戸の1.5倍の34㎡の面積を確保。一般的な低層木造アパートとは違い、遮音性が高く、ゆとりある快適な生活が送れる仕様としています。
吉住⼯務店では、住宅以外にも公共建築物、公益建築物などへ炭素を固定している⽊材の利⽤推進を図り、循環型社会に貢献することが重要であると考えています。 環境意識の⾼まり以外にも、建築において⽊造を積極的に採⽤する理由の⼀つとして、コストの優位性があります。構造躯体そのものが安価であることに加えて、⽊の⾃重の軽さから地盤に対して負担が軽くなり基礎⼯事の費⽤も軽減できます。また鉄⾻造やRC造に⽐べて⼯期が短くでき、現場管理費や仮設費⽤の削減にもつながります。
設計の⾯からも、スパン6m超でも軒⾼9m超、最⾼⾼さ13m超以外は適合判定対象とはならないなど、設計⼯期の短縮、確認申請費⽤の削減などコスト⾯での優位性をあげることができます。さらに、税の⾯からも⽊造は有利で、減価償却に規定されている耐⽤年数が鉄⾻造やRC造に⽐べて短く設定されており、特に事業⽤では、経営的にこの減価償却をどう経費で落としていくのかが節税対策として⼤きなメリットとなります。 また⽊造は、デザイン的にも鉄⾻やRCにはないテイストを実現することが可能です。⼈⼯的に⽣成される「鉄」や「コンクリート」ではなく、⾃然素材である「⽊」を使うことで、地球環境や⼈に優しい建築物になることができ、デ ザイン的にも時間と共に独特の⾵合いを醸し出すことが可能です。
今回の計画では、計画段階でVE案を検討していく中で、⽊構造の中でも枠組壁⼯法を採⽤しました。枠組壁⼯法は、19世紀初頭にアメリカで誕⽣し、⽇本に枠組壁⼯法が⼊ってきたのは明治の初頭で、札幌の時計台や豊平館など、枠組壁⼯法で建てられた建築物は、100年以上経た現在でも、美しい姿で⽴っています。今回の建物を⽊造で計画にするにあたり、そうした「耐久性」や、「耐震性」、「防⽕・耐⽕性」、「気密・断熱性」に優れた枠組壁⼯法を採⽤しました。
枠組壁工法は、床・壁・屋根が一体となったモノコック構造で、地震の揺れを6面体の建物全体で受け止めて力を分散させます。地震力が一部に集中することがないため、倒壊・損傷がなく、地震に対して抜群の強さを発揮します。 阪神淡路大震災においても、全半壊の建物は「0」でした。
⽕の通り道となる床や壁の内部において枠組み材がファイヤーストップとなり、空気の流れを遮断し上階へ⽕が燃え広がるのをくい⽌めています。初期消⽕の可能性が⾼く、⽕災時の被害を最⼩限に抑えます。その⾼い耐⽕性は⽕災保険料率にも反映されています。
枠組壁⼯法は、壁同⼠を組み合わせる構造のため、気密性を確保しやすいのが特⻑です。特に、床⾯の施⼯後に壁を載せる「床勝ち」であり、在来軸組⼯法のように、根本的に床下から冷たく湿った空気が上がってくる⼼配のない⼯法です。構造体そのものを断熱化し易く、気密施⼯も容易なため、建物⾃体がもともと優れた断熱性・気密性を兼ね備えています。
この建物の計画に際して、地元の村の自治会においては、見知らぬ移住者が増えることへの警戒感等が強くありましたが、これまでの事業者様と地元との友好な関係があり、若者が増えて地域が活性化する期待感の中、村の行事にもできる範囲で積極的に参加されることが望まれました。コロナ禍の中で、兵庫県丹波市等の北近畿地域等への地方移住や企業の移転も増えてきています。そうした中で、景観や地域性に配慮された建物づくり、関係づくりは改めて重要なものとなっていくと思われます。
研修後にビジネスホテルで寝るだけの分断された生活から、会社へは自転車で8分、地域のごみ収集所にごみを捨てるところから始まり、近隣住民との語らい、村の行事への参加等、地域の「住人」としてのかかわりを持って過ごす生活へと変わりました。これは意味のある大きな変化で、会社での研修以外に、都会では知ることができない様々な価値観や視点に触れあえます。田園風景の中ゆっくりとした時が流れ、研修初日に 「こんな田舎で…」と思っていた感覚は、研修が終わる頃には大きく変わっていることでしょう。「ひとつ屋根の下」で、丹波(=⽇本の原⾵景)を意識しながら共に過ごす中で、ここでの⽣活が少しでも豊かな記憶として残り、社会⼈として成⻑の⼀助となることを願っています。